"Memoir" The Woman who could not forget

アイリス・チャン回想録

イン・イン・チャン著(訳 真崎良幸)

 
第一章 The Shock 衝撃の日

The Woman Who Could Not Forget: Iris Chang Before and Beyond the Rape of Nanking- A Memoir


Iris Chang: an introduction by Richard Rhodes はしがきリチャード・ローズ

Foreword by Ignatius Y. Ding 序文 イグナチゥス・ディン

 

1.     The Shock 衝撃の日

2.  The Birth アイリスの誕生

3.  Childhood 子供時代

4.    A Passion Emerges 情熱の始まり

5.    The High-School Days 高校生

6.    Standing Out in Crowds 才能の芽生え

7.    Fresh Out of College 大学卒

8.    Starting Over at Twenty-Two 22歳で社会人としての旅立ち

9.    Struggles of a Young Writer 処女作「蚕の糸」

10.  The Photos that Changed Her Life 人生を変えた写真

11.  The Biological Clock バイオリズム

12.  The Breakthrough ベストセラー「ザ・レイプ・オブ・南京」

13.  Overcoming Obstacles 障壁との闘い

14.  Becoming a Celebrity 名士としての人生

15.  A Roller-Coaster Life 波乱万丈

16.  Research on Chinese in America 第3作「アメリカの中国人」の取材

17.  Struggles for a Baby and a Movie 不妊症と映画への期待

18.  A New Book and a Son 新作出版と息子の誕生

19.  The Breakdown 自殺の真相

20.  An Untimely Death 突然の死

Epilogue 結び

Postscript 後記

 

第一章 衝撃の日
 あの日のことは忘れたい。でも忘れられない。それは2004年11月9日火曜日のことだった。朝8時30分に電話が鳴り響いた。娘婿のブレット・ダグラスからの電話で私たちの娘アイリスが夜中に家出をしたというのだ。彼女の車(1999年製)オールズ・モービル・アレロ(Oldsmobile Alero)は車庫になかった。徒歩でほんの2分、彼らの家に急いだ。サン・ホゼの警官が来て、ブレットに話を聞き、帰っていった。ブレットはコンピュータの横においてあった印刷物を私たちに見せた。宛名はブレット、私の夫のショー・ジン、アイリスの弟マイクと私であった。午前1時40分にプリントアウトされたものだった。その一部にこう書いてある。

ブレット、お母さん、お父さん、マイク;

 この数週間生き続けようか、死のうか迷ってきました。私はブレットには話していましたが、未来があるときは世代や数十年単位でものを考えますが、未来を失ったときは1日単位だけでなく、1分単位で生きるのです。昔の栄光の殻に閉じこもって余生を過ごす人なんか嫌われるだけです。私は逃げ出すことを考えましたが、自分からも自分の考えからも逃げだすことはできません。私のこの行動の理由は前途に立ちはだかる苦難に耐えていくだけの力がない自分がいるからです。今は息をすることさえつらい毎日です。まるで大海の中に溺れていく自分を見るようです。この行動が他の人、私を最も愛してくれる人たちに私の今の苦しみを残すことになることはわかっています。どうぞ私をお許しください。私は自分を許すことができません。みなさんは私を許してください。
愛を込めて。アイリス
 

心臓の鼓動が聞こえるくらい胸の詰まる思いでした。息ができない。ショー・ジンとブレットにアイリスを見つけて連れ戻さなければならないことを伝えました。

 

過去数週間アイリスはしばしばもうこれ以上生きたくないことを話していました。彼女は「バターン死の行進」の本を書くため第二次世界大戦のアメリカ人捕虜にインタビューするためにケンタッキーのルイスビルに行き、そこから帰って以来ひどく沈んでいました。8月12日にケンタッキーに行く前の4日間は一睡もせずほとんど何も口にしませんでした。ルイスビルについてすぐホテルで衰弱を起こし倒れました。ショー・ジンと私はすぐに飛行機に飛び乗り彼女をサンホゼに連れ戻しました。そしてアイリスは3人の神経科医に診てもらい、鎮静剤と抗鬱剤を服用していました。10月にはアイリスの2歳の息子クリストファーをイリノイのブレットの両親に預けました。

 

私も夫もアイリスの人生がどうしてこんなに急展開したのかわかりません。その春、彼女は最後の著作となった「アメリカの中国人」のプロモーション旅行のために忙しい日々を過ごしていました。アイリスが旅行に出かける前はまったく問題ないようでした。5月初旬に帰ってきた時、様子が変で、誰かにつけ狙われているという意識を持っていました。それから3ヵ月後に倒れてから後は被害妄想がひどくなりました。

 

10月28日、私は彼女のバッグの中に銃所有申請書と銃安全使用マニュアルがあるのを見つけた時、アイリスが東サンホゼの銃器店を訪れたことを知りました。私が詰問すると、彼女は私が彼女の行動を監視していたことを知り、私を遠ざけました。私が電話をしても取りません。Eメールにも返信しません。私は彼女の家の玄関先に花束と食べ物を持って行きましたが、家の中には入れてくれませんでした。

 

こうして彼女は遺書を残して去っていきました。しかし、私はまだ希望を捨てませんでした。自殺のことは考え直してすぐに帰ってくれるかもしれないという一縷の望みがありました。それは9月に地方のホテルで倒れた時にはそこに一晩泊リましたが、翌日の夜には帰ってきたからです。私は今まで決して信心深い人間とは言えませんでしたが、その時だけは膝はがくがく、手は震え、祈り始めた自分がいました。

 

ショー・ジンと私は帰宅して出かける準備をしました。しかし、すぐにわかったことは計画を立てて捜査をしないと彼女を見つけるとは不可能だということです。「どうすればいいんだろう?」ショー・ジンは絶望的な質問をしました。「わかりません」私の声は震えていました。「警察に聴いてみるわ」。

 

私はサンホゼの警察署に電話してブレットが教えてくれたケースナンバーを伝えてアイリスの行方がわかったかどうかを聞きました。警察はすでに彼女の名前と車のナンバーは控えて行方不明者名簿に記録してあると言いました。

「今のところ新しい情報はありません。情報が入り次第すぐに連絡します。」

私は必死でした。30分おきに警察署に電話していました。しかし、答えはいつも同じです。「アイリスはどうするつもりでしょう?」私はショー・ジンに訊きました。彼は答えませんでした。彼も私同様怖かったのです。

 

私は近しい親戚の人たちに知らせようと思いました。最初に息子のマイケルに電話しました。彼は姉のことをよく知っている弟でした。マイケルはシリコンバレーの会社で働くソフトのエンジニアで、彼の会社は私たちの住んでいる家の近くにあります。運悪くマイケルは所用でニューヨークに行っていました。携帯に電話すると驚いて何もしゃべらずに聞いて、すぐに飛行機で戻ってくると言いました。

 

次にパロ・アルトの近くに住む私の兄のチェン・チェンとニュージャージーに住む弟のビン。そしてメリーランドに住む妹のジン・ジンに電話しました。一方ショー・ジンは二人の兄弟、ニュージャージーのショー・イェンとロスのフランクに電話で知らせました。みんなショックを受けていました。アイリスは親戚にも誰にも彼女の神経症のことは話さないでと言っていたからです。私の兄弟もアイリスの病気のことは知りませんでした。彼らはアイリスは自殺なんかしない、すぐに戻ってくるからといって私を慰めていました。しかし、具体的に何をしたらいいかを教えてくれる人はいません。みんな後からまた電話して、アイリスの最近の病状について詳しく知りたがっていました。私は何度も詳細を話して疲れ果ててしまいました。

 

                                                                                                       

2004年9月21日はその時までの私の人生の中で最悪の日でしたが、その日が同時に希望を与える日だったことは皮肉なことです。その日はアイリスが数時間失踪した時でした。当時ブレットは町にいなくて私たちが彼女と一緒に暮らしていました。ある日、約束どおりの夕方までに帰宅しなかった時、私たちは警察に捜索願を出しました。当時彼女は「アビリファイ」という鎮痛剤と「セレクサ」という抗鬱剤を服用していました。これにより、肩や足の痛み、不眠症、動揺などの副作用で悩んでいました。彼女はその朝、図書館までドライブしたいといって聞きませんでした。午後八時ごろ帰ってきましたが、彼女は近くのクラウン・プラザ・ホテルで休んでいたと言いました。ショッピングした後疲れたのでホテルで休んでいたら数時間眠ってしまったと。もちろん私たちはそれを聞いてほっとしました。

 

そのことを思い出して今回もまたそのホテルに泊まっているかもしれないと思いました。震える手で電話帳をめくりクラウン・プラザ・ホテルや近くのその他のホテルに電話してアイリス・チャンかアイリス・ダグラスの名で泊まっていないかどうかを聞きましたが、無駄でした。今度はサンタ・クルーズの海岸沿いの町やサン・ホゼの西にある森林地帯の温泉宿の電話番号を調べました。アイリスはマッサージが好きでブレットや友人とよくそこに行っていました。しかし、アイリスという名の客や、こちらが描写した人物に近い人はいないとのことでした。

 

私の頭はパニック状態で体は震えていました。ブレットに何回も電話して何か情報がないかどうかを聞きましたが、だめでした。ブレットはイリノイの両親にアイリスの失踪のことを伝えて、アイリスの事務所に行って行方不明捜査課のアイリス担当の刑事に渡せる手がかりを探していました。

 

ショー・ジンは家の中を行ったりきたり歩き回っていましたが、突然、書店にいるアイリスの姿が脳裏に浮かんできました。彼女は子供のころから書店に行くのが好きだったからです。近郊の大きな書店全部に電話して、長い黒髪のやせた、長身のアジア系女性が店内にいないかどうかを聞きましたが、これもだめでした。

 

私はアイリスの携帯にかけてみましたが、いつもと同じで、スイッチが切れています。Eメールを出して家に帰ってくるように頼みましたが、だめでした。彼女はどこかに隠れていてもEメールだけは定期的にチェックしていると思っていました。

 

夕方になると電話のかけ過ぎで私の喉はからからになり声がかすれてしまいました。もうぐったりと精魂尽きた感じでした。警察からも新しい情報は入ってきません。私はショー・ジンにアイリスの車を探してはと提案しました。車が見つかってもアイリスがいる可能性は少ないとわかってはいましたが。それでも、とにかく探しましょうとショー・ジンを説得しました。家でじっとして何もしないことには耐えられなかったのです。

 

ショー・ジンが近くのホテルやアイリスが行きつけの店の駐車場の車をぐるぐる回っている間に私はすべての車を注意深く見てナンバープレートを調べました。私は我を忘れて別世界にいるようでした。私の目は駐車している車とナンバープレートに注がれていました。しかし、アイリスの車は見つかりません。

 

私の心臓の鼓動は心配で鳴り止みません。夕闇が暗闇に変わるとき私の希望の光も消えました。クラウン・プラザ・ホテルの駐車場の薄暗い光の下でもう一回ぐるりを回り、これを最後にあきらめて帰宅しました。

 

この時は断崖絶壁に立って眼下の深い谷に落ちる思いでした。町並みの窓から夜空に抜ける暗闇の中でいっそう恐怖を感じました。もし彼女が見知らぬ場所に行っていたなら強盗に遭ったり、通りで誰かに殺されることもありえます。彼女は精神的にとても弱っていましたから。彼女が遺書を書いてからもう18時間経っていますが、いまだに行方はわかりません。

 

午後八時ごろアイリスの最近の精神科医に電話して彼女の失踪のことや遺書のことを話しました。その医者は遺書を読んでくださいと言いました。

 

以前この医者は私が神経質な母親でアイリスのことをかまいすぎるということを言っていました。アイリスが自殺関連のホームページを見ていたことを話すまでは彼女が自殺をすることなどありえないと考えていました。アイリスは内面の悩みをこの医者に打ち明けていませんでした。

 

私はある時アイリスにこの医者との診察の内容を尋ねたことがあります。彼女は哲学について語り合ったことを話しました。私にはあまりにも抽象的な話だなと思われました。彼女は必要な診察が得られていないのではないかと心配していました。

 

そして今この医者はブレット、ショー・ジンと私で自殺の名所として有名なゴールデン・ゲイト・ブリッジに行ってみるべきだと言いました。アイリスの遺書の中に「大海の中に溺れていく」という表現があったからです。私はこれを聞いて背筋が寒くなる思いでした。そこの駐車場を調べる必要があると言われました。しかし、ショー・ジンも私も一日中探し回ってなんの成果もない中で精魂尽き果てていました。もうサンフランシスコまでドライブする気力はありません。

 

しかし、ゴールデン・ゲイト・ブリッジの警備の電話番号はわかりましたので、警備員にアイリスの車体番号とアイリスの姿、格好を伝えて捜査を依頼しました。その後数時間この警備員とコンタクトを取りました。警備員は熱心で親切に探してくれました。しかし、最後にアイリスのような人は橋の近くにはいないし、彼女の車もないことを連絡してくれました。

 

その時恐ろしい考えが襲ってきました。もしアイリスの車が崖から落ちて海に転落していたらだれも彼女を見つけることはできない!

 

私はまた彼女がここ数週間の間「逃れたい」という言葉を発していたことを思い出しました。彼女が人里離れた奥地に出かけて行き、そこで人知れず身を隠しているとしたら!「アイリス、お願いだから戻っておくれ!」私は絶望の中で叫びました。

 

その夜いつ床に就いたのか覚えていません。覚えているのはその時静寂を破ってけたたましく鳴り響いていた電話の音でした。それはブレットからでした。彼は警官と一緒に今から家にやって来ると言いました。壁の時計を見るともう真夜中近くでした。

 

私たちはドアを開けました。ブレットと私服警官が入ってきました。二人ともこわばった顔つきでした。

 

「お気の毒ですがアリスさんは死亡しました」警官は言いました。「今朝早く拳銃で自殺しました。死体はロス・ガトス近くの彼女の車の中で発見されています」

 

私は激しい嵐に打たれました。耳をつんざく雷の音。目がくらむほどの稲妻。まるで地球が崩壊し始めたようでした。

 

ショー・ジンと私は居間のカーペットの上でうなだれていました。際限のない真っ暗なトンネルの中に真っ逆さまに落ちていく思いでした。私は自分の声が聞こえました。

 

「アイリス、どうして自殺なんかできるの?」

「どうしてクリストファーや私やお父さんを見捨てるの?」

「どうしてそんなことができるの?」

「あなたがいなくてどうやって生きていけばいいの?」

 

でも私は生きていかなければなりません。私に今あるものは過去数十年間の記憶-中には辛いものもありますが、大部分は愛に溢れたものばかりです。

 

アイリス・チャンは1998年度ニューヨーク・タイムズ紙が発表したベストセラー作家です。享年36歳でした。南京大虐殺60周年記念の1997年に出版された彼女のベストセラー作品「ザ・レイプ・オブ・南京」は第二次世界大戦の最大の悲劇、旧首都南京での日本軍による数十万の中国市民に対する大虐殺を描いています。

 

この書は第二次世界大戦中の日本軍による戦争犯罪に対する地球規模の賠償運動に大きな衝撃を与えました。

 

彼女の死は世界中の人々に大きなショックを与えました。アイリス・チャンのような新進気鋭で美貌のベストセラー作家が自殺するなどとはだれも想像だにしていませんでした。彼女の死は世界中の主要新聞でトップ・ニュースとして取り上げられました。ニュースはすぐにテレビ、ラジオでも報道されました。そのショックは海外在住の中国人社会にも波及しました。

 

2004年11月19日カリフォルニアのロス・アルトスの葬儀には突然の知らせにも拘わらず600人もの人が参列しました。ゲイト・オブ・ヘイブン墓地のチャペルは小さすぎて参列者は外の芝生に溢れ出ていました。参列者の多くは友人や支持者の人たちですが、大部分はアイリスを賞賛する見ず知らずの人たちです。世界中からたくさんの手紙、弔電、花束が贈られてきました。

 

葬儀の中で「父親たちの星条旗」(Flags of Our Fathers)や「飛行機野郎」(Flyboys)の作で有名なベストセラー作家ジェームズ・ブラッドリーがアイリスの二歳の息子に宛てて弔辞を述べました。その一部をここに紹介します。(全文は巻末に収録されています。)

 

クリストファー、君のお母さんはアイリス・チャンです。君が生まれる5年前、私は写真の中の星条旗を立てた6人について本を書こうとしていました。

 

 

 

 

 

 

私は二年間出版社探しをしましたが、27社から断りの手紙を受け取りました。今「父親たちの星条旗」はニューヨーク・タイムズ紙のベストセラーNO1になりました。27社の出版社がノーと言いましたが、君のお母さんは出版しなさいと言ってくれました。アイリス・チャンは何百万人もの人たちの心をとらえました。世界中でいろんな形で記憶されることでしょう。私の話はその一つに過ぎません。君が大きくなって自分の使命を見出すために困難だが価値ある心の旅をする時、つまり自己の真実を発見する時、世界に対して勇敢に真実を語った君のお母さんのことを思い出して欲しい。君はたぶんお母さんに対して私のように感謝状を贈ることだろう。その感謝状は光輝く希望に満ちた2語から始まる。その美しい2語とはIris Chang

 

カリフォルニア州の下院議員マイク本田氏はアイリスに弔辞を述べ、それは108義会の議事録として議会に保存されている。

「アイリスの社会に対する仕事と奉仕は世界の人々が忘れることはないだろう。私たちの社会は模範とすべき親友を失った。社会は最高の社会的、歴史的正義の提唱者を失った」

 

ニューヨーク・タイムズ紙の死亡記事の中でアイリスのエージェントであるスーザン・ラビナーはこう書いている。

「『ザ・レイプ・オブ・南京』は10週連続でニューヨーク・タイムズ紙のベストセラーリストに登場した。約100万部が売れ、広範囲にわたり国際的関心を呼んだ」

 

ロサンジェルス・タイムズ紙の死亡記事にはこうある。

「故歴史家スティーブン・アンブロスはこう言っている。『チャンはおそらく若い歴史家の中で最高の逸材だろう。彼女は歴史を伝えるためには魅力的な形で伝えなければならないことを知っているからである』」

 

ワシントンポスト紙のコラムニストであるジョージ・ウィルは1998年の記事の中でアイリスを次のように称えている。

「今アメリカで美しい正義の行為が進行している。チャンの本のおかげで南京のセカンド・レイプは終息に向かっている」また、記者のリチャード・ロングスタッドは次の言葉でアイリスを称えた。

「アイリス・チャンは灯を灯して、それを後世に託した。我々はその灯が消えることを許してはならない」

 

もちろん、アイリスに関する多くの記述は公人としてのものである。

 

7年前の出版以来「ザ・レイプ・オブ・南京」は日本で大きな議論を呼んでいる。日本の右翼グループは自らの汚辱の歴史を隠蔽あるいは歪曲するためにアイリスの本に攻撃をかけている。

 

アイリスの死をめぐる特殊な環境のためにメディアでは多くの憶測が飛び交っている。しかし、その多くは的外れなものばかりである。アイリスはプライベートな人間だったからです。たいていの人はテレビやラジオや新聞に出てくるアイリスを知っているだけで、それは彼女の本当の姿ではありません。

 

アイリス・チャンとはどんな人だったのか?彼女の家族とは、文化とはどんなものだったのか?作家になる動機とは?「ザ・レイプ・オブ・南京」を書くきっかけとは?彼女の夢、アメリカン・ドリームとは?彼女の自殺の真相とは?死は避けられたのか?私はこれらの疑問に答えるためにこの本を書きました。

 

この本の主な目的はアイリスの人生と彼女が育った環境を全て正確に世に伝えることです。読者はこの若い作家が歴史の真実と社会正義を勝ち取ることを人生のゴールとしていかに闘ってきたかを学ぶことでしょう。

 

アイリスは戦時中に虐殺された人々の苦しみを忘れることができなかった女性です。書かなければ歴史から忘れ去られてしまう人たちの正義を取り戻すために、一人で勇敢に闘った人です。読者はまた、彼女の自殺に至る数ヶ月の悲劇的状況を初めて知ることになるでしょう。

 

新聞などではアイリスの精神状態についての憶測や噂が乱れ飛んでいます。アイリスのプライベートな生活を知らないで書かれているネット上のニュースや、彼女の精神状態を書いた本でさえも単なる憶測でしかありません。アイリスの最後の日々に何が起こったのかを知るのは家族の者だけです。アイリスを精神病呼ばわりした噂は彼女に対する不義です。私は彼女の人生の真実を話さないわけにはまいりません。

 

この本によって多くの間違った神話が消えることになるでしょう。ここには私たち家族だけが知っているアイリス・チャンの真の姿、つまり彼女の試練と苦悩、成功と失敗、愛と喜び、悲しみと苦痛を書き留めています。伝記の形式で書いたこの回想録はアイリスのために私がしなければならない仕事でした。これはまたアイリスが望むものでもあったものと信じています。

 

  

 

 

 

 

アイリス・チャンの3作品

Thread of the Silkworm

Thread Of The Silkworm 

 

アイリス・チャンの処女作「蚕の糸」は、アメリカで学びアメリカから共産主義者の濡れ衣を着せられて中国に強制送還され、自国でミサイルの父となった学森の伝記である。

 

学森Tsien Hsue-shen

 

 

Youtube

http://www.youtube.com/playlist?list=PLE06158BA48A624F2&feature=view_all

 

 

 

The Rape of Nanking

The Rape of Nanking 

 

日中戦争中の193712月の南京陥落後に発生した南京大虐殺を、英語で書かれた作品として初めて本格的に取り扱ったものである。三部構成で、第一部では、日本、中国、そして、第三者としての欧米という三方向の視点から迫ろうとしている。第二部では、第二次世界大戦後の冷戦を背景に、南京大虐殺がアメリカやヨーロッパでどのように扱われていくようになったかを分析している。第三部では、「南京大虐殺」を半世紀以上にわたり人々の意識から遠ざけようとしてきた勢力について書いている。

 

The Chinese in America

The Chinese in America: A Narrative History

 

アメリカにおける中国人移民の歴史について物語風に記述し、中国系アメリカ人に対する迫害を告発している。アメリカではニューヨーク・タイムズのベストセラーリストに数ヶ月間掲載された。

 

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